2018年06月04日

K公民館の歴史散策(前編)

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2018/05/27、K公民館の歴史散策に行ってきました
9:30から12:00まで、2時間歩いてきました。強い日差しが照りつけてきて、汗がだらだらでした。
まず最初に行ったのは、慈光寺。
神社と寺が合体した、ふしぎな寺です。
狛犬まで両脇にありまして、そのうちの一頭は 足元に毬(まり)を1個、踏んづけておりました。
自動で鳴る鐘というのもありました。
除夜になると、この鐘を鳴らすために、人々が列をなすそうです。
で、狛犬というのは、もとはエジプトの王さまの 権威の象徴(ライオン)だったんですが、
シルクロードで東に行くにつれて形が変わり、日本に来ると天皇の権威の象徴になって、
それが神社にも使われるようになった、ということでした。
ちなみに、公民館での前準備として、京都で聞いた話と同じ話を聞きました。
間、という単位は、距離の単位ではなく、柱と柱の間の数を示す、というものです。
三十三間堂なんかは、その最たるもの。
公民館での話は、それに付加したものでした。
間が距離になったのは、明治政府が国際的な尺度に合わせようとしたのが きっかけだったらしい。
色んなところで意外な話を聞くと、勉強になりますね。

鷲森神社(わしもり じんじゃ)
以前にも紹介した神社です。ここに、弁天さまが祀られていたらしい。(弁天さまは、仏教の神さまです……)
ここらでは、芝居や歌舞伎が行われていたといいます。
この近所に、その名残として、芝居小屋が 明治時代まであったとか。
海の神さまでもありまして、宗像神社や 宮島とおなじ
市杵島姫命(いちきしまひめのみこと) が祀られているそうです。

幸(こう) 神社
庚申という神社だったんですが、いまは 幸神社と呼ばれています。
隣にあるのは、樹齢400年の銀杏。
「いぬびわ」 のヤドリギがしっかり幹の中に居座っています。
どこの世界にも、こういうヤツはいるのです(笑)

海蔵寺
北条氏直の墓がある、という説が濃厚ですが、遺体はここにはないという話。
北条氏は、豊臣秀吉に追っかけられて、嫁の実家を頼って広島に来たそうです。
これを聞くと、遠い昔の話なのに、歴史とは思えない悲哀がひしひしと感じられます。

K八幡宮(途中)
山を登ってヒーヒー言いつつ、K八幡宮へ。
途中で、「我に七難八苦を与えたまえ」 で有名な、山中 幸盛(やまなか ゆきもり) の娘さんの墓を見ました。
尼子が滅亡した後でしたから、仇討ちとかあると 大変なので、武士に嫁がず、
商人の家に嫁いだという人です。
この話、悲しい話と受け取るべきなのか、はたまた 自由恋愛で商人と結婚できた娘さんの、
幸せな生涯の話と受け取るべきなのかで まったく違うストーリーができあがります。
大河ドラマで 尼子の話、しないのかな。

K八幡宮
目の前に、尻尾を立てた狛犬さんを発見。そのまま階段を降りる際、段の数を数えてごらん、とガイドの人。
数えているうちに わけわかんなくなっちゃったけど、189段あったらしい。
「ひやく」飛躍のダジャレだそうです。
つまらん。

  浄教寺
600年ほどの歴史のあるお寺。ときょうと呼ばれる組柱がきれい。
お経堂の こてえ は、灰色の龍でした。迫力満点。

教専寺
武士の建立した寺で、500年の歴史を誇ります。樹齢1400年と言われる松の木が、巨大な幹を左右にはべらせておりました。
もし、樹齢1400年がほんとなら、この寺は1561年に建立されたというから、松の木のあるところに立てたってことかな。
続きは明日。

posted by 岡野なおみ at 08:23| Comment(0) | 日記