2018年07月06日

コンテスト用のエッセイ

先月、文章講座で、愛媛県のコンテストを紹介されていたんです。
その愛媛県のコンテスト用に書いたエッセイを、ここでちょっとご紹介します。道案内した話と、義母のひねくれぶりです。

      道案内
 
   広島の宮島近くに住むおばあさんに、中区で話し掛けられた。
「LECTに行きたいんじゃけど、誰も知らんのよ」
LECT(レクト)というのは、広島市西区にあるショッピングモールのことである。そこへ行くためには、アルパークという若者向けのショッピングモールにあるバスセンターで乗り換える必要がある。
幸い、わたしはアルパークに用があった。中区からアルパークまでバスで四〇分程度である。
「それなら、いっしょに参りましょう」
というわけで、わたしとおばあさんは、同じバスに乗ることになった。
「このバス一本で行けないんですか? ああ、やっぱり息子に頼めばよかった。わたし、アルパークには行ったことがあるんですよ。でもLECTは行ったことがなくて。バスだと運賃が高いですよね。でも電車だと階段を登らなければならないし」
立て板に水という調子で、しきりに独り言のように言うのは、
「アルパークには行ったことがあるんじゃけどねー。アルパークは買うモノがないけーねー」
ということだった。LECTのターゲット層はおばあさんじゃない気もするが、敢えてなにを買うのか聞かなかった。なにしろ息子さんに遠慮して、わざわざ宮島から一時間はかかる中区まで出てきたのだ。わたしに遠慮して、「やっぱり一人で行く」となったら、途中で放り出すみたいで気色が悪い。
アルパークに着くと、バスの発着所へ連れて行き、ちょうどバスがやってきたのをおばあさんが「待って〜」というのを見ながら、これで道案内するのは何度目かなと思った。
その話を夫にすると、彼はわたしの顔をじっと見て、
「キミは愛嬌があってフレンドリーじゃけ、おばあさんにはラッキーじゃったの」
と、言った。そして、その長所は大切にしろよ、と言って微笑んだ。
年寄りを見かけたら、また道案内することになりそうだ。


   ひねくれ老人と義母

わたしは公民館で合唱サークルに参加している。
ある冬の日、老人ホームへ慰問に行くことになった。
老人ホームだからといって、サークルのみんなは手をぬかない。みんなで舞台衣装をつくり、楽器を持って歌う。もちろん本番前の練習も欠かさない。
わたしと同居している七十代の義母は、「面倒くさい」とブツクサ言っていた。わたしは二十年以上運転していないので、サークルの人に車で送迎してもらわなければならない。老人に歌を聴かせて、どんないいことがあるのか。
この日も義母は、重い荷物をしょいながら、「着替えなんてする必要があるのかしら」とボヤいていた。重い荷物を持っているのはわたしも同じなので、義母のバッグを持って行けない。なんだか申し訳ないように思いながら、車でその老人ホームに送ってもらった。
演目は、童謡と演歌と、小唄である。居並ぶ老人たちは、だれもかれも目が死んでいて、音楽にはまったく興味がないように思えた。一番後ろに座っていた老人などは、意地悪な顔をして明らかに嘲笑していた。
歌い続けるうちに、不思議なことが起こった。わたしたちが歌を歌うと、老人たちの眸に、光のようなものが宿り始めたのだ。冬をイメージした童謡では、いっしょに口ずさむ人もいた。演歌になると、マイクを持って回る会員さんを見て、待ってましたと歌う人もいた。
さきほどまで嘲笑していた老人が、突然、大声でその演歌をどなりはじめた。
まるで音も取れていない、ほとんど音痴な声だったが、その眸には何か光るものが宿っていた。
のちにホームの人は言った。
「あの人は、ちょっとひねくれたところがあるから、今回のイベントに参加させるかどうか迷ったんですけど、あのあと、心を開いてくれるようになったんです」
その話を聞いた義母の眸にも、何か光るものがあった。
わたしたちは、今日もサークルで歌い続ける。

エッセイは短いものが多いですが、ホラーにも挑戦したいので、今度、ディーン・クーンツを借りて読むことにします。
また3万字に挑戦だ!

posted by 岡野なおみ at 05:50| Comment(0) | 日記