2018年08月16日

クリスチャンから見た日本の奇妙な風習

わたしの両親はクリスチャンでした。
なので、教育方針はキリスト教でした。
というわけで、幼児洗礼は受けましたが、お宮参りは行かなかったはず。
もちろん七五三もやった記憶はありません。
完全に、日本の文化から孤立しています。
異質という事実は、人によっては価値があるかもしれません。

お盆の風習
ラジオで聞く限りでは、お盆になると仏壇に、四つ足のなすときゅうりが供えられるようですが、
わたしの家には仏壇がなかった(神棚もない)ので その風習はとても奇妙に思えます。
四つ足のなすときゅうりの意味は、ご先祖さまがやってくるときは きゅうりの馬で早く来て、
お盆が終わるころにあの世へ帰るときには なすの牛でゆっくり帰ってね、ということらしい。
わたしの知っている限り、西洋のキリスト教には、お盆はありませんから、たいへん興味深いお話です。
(お盆はないけどクリスマスと復活祭はありますし、年に一度は墓参りぐらいしますよ!)
仏壇というのは、どうやらあの世との異次元ゲートみたいなもの?
キリスト教だと、教会しかありません。
ちなみに外国だと教会は、いっしゅのコミュニティを形成する場でもあります。
公民館とか、集会所とか、学校も兼ねてたりしますね。
教会のない地域を見ると、「建てなければ」 と使命に燃える人もいるとか。
死者はかならず天国か地獄に行って、そこから戻ってくることはない、というのがタテマエなのです。
ひじょーに寂しい宗教だと思ったりもする。

年中行事でお寺や神社を使い分ける日本人
日本の季節や年中行事で、お寺や神社を使い分けるのも奇妙と言えば奇妙です。
年始には神社に行くかと思えば、死んだら、たいてい、お寺のお世話になります。
天皇が 新嘗祭をする11月ごろには、お祭りをして神社をもり立てるかと思うと、
ダイエットする! と言ってお寺に駆け込んで精進料理を食いまくります。
非常に興味深い行動だと思います。
というのも、キリスト教では、そこまで神さまや仏さまに親しみを感じることはないはずだからです。
なにせ唯一絶対の超越神なので、使い分けるなんてこと自体ができません。
つまり、融通がきかないんですねえ。
奇妙だとは思いますが、臨機応変に対応できていて、それ自体が生き物のように神さま認識が変わるのが
いかにも日本的で面白いです。
多神教のいいところ。でも最近はどうなんだろうね。違ったものも「なあなあ」でゆるしあう世界が、なくなりつつあるような。
神さまについて、あまり深く考えなくても、身近にあると思えるのが、日本の神さまのはずなのです。
感覚的に存在する、というのかな。
すべてを委ねて信じる、というのとは、ちょっと違う。
あらゆるものに神をみてきた日本の人たち。

でも、安易に神を連呼しないで欲しい。日本の神さまは、祟ることもありますのでね。
わたしはクリスチャンですが、信仰については、一定のリスペクトは抱いています。
ご都合主義の新宗教でも、信じているのならまあ、それはその人の自由だからな。
人を殺害する宗教があるようですが、そういう危険はどんな宗教にだってあるんだよね……。
日常を越えたい、という欲望が人間にある以上、どんな形であれ宗教はなくならないでしょう。
おだやかで平和と思われる神道だって、排他的なところはある(穢れとかみそぎとかで苦労した人たちは多いはず)。
神との絶妙な距離の置き方は、クリスチャンのわたしも見習いたいのです。

うーん、やはり最後は説教になってしまった。三つ子の魂百までとはよく言ったもんだ。もうちょっとなんとかならんのか。
ネタがないとすぐ説教だなー。もっと楽しい話をしたいんだがなー。どうしても知的論理的かつ哲学的な話が多くなる。
性格がダメなのかも。(夫はわたしを愛嬌あってフレンドリーと言っているが、外見がそうだと言うだけだぞ)

posted by 岡野なおみ at 07:05| Comment(0) | 日記

2018年08月15日

害虫対策

2018/08/08時点での害虫
うちは、生ゴミに蓋をして管理しているのに、小バエが沸いてきて困ってます。
小さな生き物はいろいろありますが、小バエは好きじゃありません。
病気を運びそうだし、なによりうるさい!
パソコンのキーボードを打っている手に乗ってきたり、腕を這い回ったり、
食卓のテーブルを旋回したり。
なんとかやっつけてやりたい。

7月の合唱サークルでは
7月最後の合唱サークルで、指導の湯山先生がやっぱり小バエに悩まされていると話してくださったので、
「わたしは 『小バエ獲り』っていう置くだけで駆除できるアイテムを、台所に置いてます」
とお話ししました。
近所のショッピングモールの薬局で売られてます。公民館にも近いです。
「そんなものに頼るより、自分でつかまえる方が早い」
義母は、パチンと手を叩いてみせるのでした。
そんなに運動神経は、すぐれていない。

この暑さで害虫は……
どういうわけかは知りませんが、ゴキブリはうちでは見かけません。
ただ、蚊やハエやクモはよく見かけます。
上記のいずれも、この暑さでへたばっているのか、ぜんぜん最近見かけません。
小バエだけがぶんぶんと。
そういえばいつだったか、アリも見かけました。
駆除をするので申し込んでね、というマンションのチラシを見たら、駆除料は有料だったのでスルーしました!

いまから害虫対策を
クモはキショくても 「益虫」 なので殺しません。
たしか 朝のクモは吉だが 夕のクモは凶という迷信が、あったような気がするが、そんなの無視してます。
ただ、益虫とか害虫とかって、けっきょく人間にとってそうだ、という意味なんだよなーと思ったりもする。
虫や生き物にやどるのは、人間にとって都合のいい魂ばかりではありませんが、
人間にとって都合のいいものは、たとえ神さまでも 「にせもの」 「ほんもの」 と区別する風潮があるそうです。
にせものの神さまでも、鰯の頭も信心から、ということわざもあるのです。
真剣に信じてる人もいる。
既存の宗教のパワーが弱いから、ということもあるかもしれない。
そんな既存の宗教がオタオタしている間に、
ヒアリみたいな宗教がのさばってたりしますよね。
(オウムとか、ISとか……)
宗教にも、いろんなものがあっていいとは思うが、排他的なのは自分をも滅ぼします。
日本の穏便な宗教がそうならないよう、祈願します。

posted by 岡野なおみ at 07:15| Comment(0) | 日記

2018年08月14日

自衛隊に向ける海外の熱い視線

2018/08/07、ツイッターで見かけたサイトの紹介で
なんのサイトだったか忘れましたが、海外の人が日本をやたら褒めるという趣旨のサイトに出くわし、
その映像と記事にハマって3時間もロスして読書ができなかったのでした。
ほんとは プライム映画の 「ラ・ラ・ランド」 を見たかったんですがね……。
ま、いいけど。
ともかく、その中に、自衛隊の話も載ってました。

フランスと自衛隊
フランス革命記念日に、自衛隊が参加したんだそうです。(知らなかった)
フランス人は、自衛隊の規律正しい勇姿にしびれてしまい、
「日本は敵に回したくない」
と思ったそうです。

災害時の自衛隊
戦車まで繰り出して活火山の人命救助にいそしむ自衛隊のみなさん。
火砕流のなかを走り回る戦車の写真を見て感想が飛び交います。
「なんで救助活動に戦車が必要なんだ」
「火山の煙に対抗するためじゃないのか?」
そして唱和して、
「でも、自衛隊はちょーかっこい!」

航空ショウの自衛隊
地味に子どもウケする航空ショウの自衛隊の動画も見ました。
どんなのかっていうと、アスファルトの空き地で、自衛隊の戦闘機模型
(遊園地の電気自動車みたいなヤツ)に乗ったパイロットが
模型自動車を操りつつ、中国の潜水艦(模型自動車)を倒す、というストーリー仕立てなんですよね。
空き地を 海に見立ててるんです。
くるくる空き地を逃げ惑う潜水艦と、それを追う戦闘機。
赤いコーン(駐車場でよく見るヤツ)が周囲に置かれていて、子どもが入らないように見張りもついています。
解説の女性アナウンサーの声が、
「潜水艦が、領域内に入ってきました! パイロットは、魚雷を発射します!」
と言いますと、スターウォーズのBGMとともに、つり上がった目とぎざぎざの歯の付いた魚雷が
逃げ惑う潜水艦を追いかけ回します。
そして、魚雷がみごと、潜水艦に突き刺さると、模型はパカッと割れて赤い煙幕をあげるのでした。
……チープだ……
おまけにラストのBGMは、「トップガン」 ときたもんだ。
カッコいいと言うより、むしろ笑える。

図書館を破壊するISの暴挙
これを見ていて、いつかテレビで見た、図書館を破壊するISの暴挙を思い出しました。
子どもたちに、知識を与えないために、知識のもとである本を攻撃するわけです。
ちょっと論点が跳びすぎだからついていけないかもなので、
ひとつの事実をあげます。
もともと自衛隊というのは、警察予備軍ということで設立された経緯があったはず。
「自衛隊は軍ではない」
という政府の見解により、国民の反発をよそに、自衛隊の軍備は増強されていきました。
その歴史への関心も持たせず、自衛隊を褒めちぎる記事が散見するわけです。
要するにネットで検索することに慣れている若い人たちにとっては、それがすべてになるわけで。
歴史や知識を学ぶ機会を奪う、という点では、ISと同じことだなと思ったりしています。
なにしろ図書館という調べ物にうってつけの場所は、「忙しいし、面倒だから行かない」。
事実上、その人にとって図書館は、「存在しない」 のと同じこと。
暴力で知る権利を奪うより、上手いやり方ですね(^^;;;。
自衛隊は必要です。外国の侵略というのは実際あるわけだから、それについてどうこういう気はありません。
ただ、国民に、自国の安全は自国の手で、という基本的なことを伏せたまま強引に軍備を拡張してきた歴史がある一方で、
日本を褒めちぎる記事の中に、さりげなく自衛隊の話も載っけてる(それを選択させようとする)というところが、
ちょっと作為的かなと思うだけ(これをマインドコントロールとは言わないけどねえ)。
愛国心というのは偉大な精神ですが、過去において支配者はそれを使って、庶民を支配してきた。
諸外国への不満は、容易に愛国心とつながりはじめることでしょう。
国民のガス抜きのために、航空ショウをやってるなら別にいいけど(結局いいのか)。

戦争という名の支配欲
戦争というのは、要するに支配欲と権力欲と強欲の交じり合った麻薬みたいなものです。
いちどそれに味をしめて痛い目にあったので、日本は自衛のための戦争以外は永久に放棄したのでした。
でも、自衛のための戦争や、そのためのさまざまな準備は、経費もかかるし、ハッキリ言って仮想敵国にナメられるという現状もある。
先手必勝で叩きのめしたい、という誘惑は、だれしもあるものです。
ゆえに憲法を改正して、自衛隊を憲法に載せたい。
その気持はわかる。今のままじゃあ、自衛隊の立つ瀬がない。自衛のための戦争すら、まだやってないんだし。
ただ、今までの歴史を考えると、こわくなりますね。
PKOで自衛隊がオランダにどんな目に遭わされたことやら。
いざ窮地に立たされたとき、同盟国といえども信じられるのかどうか。
戦地という現場では、どういうことが行われているのか。
自衛、ということばの意味とそのとるべき行動を、国民にちゃんと説明かつ訓練していないのに、憲法に自衛隊を載せてだいじょうぶなのか。
政治家さんは、イラン・イラク戦争のときなどに、戦地まで行ってきましたか?
現時点でも領海域の近くをウロウロするゴロツキどもに、一発かましてやるのはかまいませんが、小さな火種が大きくなるのはよくあることで。
(満州事変なんてそれだよね、歴史的に見て日本の軍部がワザとやったんだけどさ)
天才指揮官が日本にいるとして、必勝の戦略・戦術があっても勝負は時の運。
日本が地域戦争をしたいという誘惑に負けて戦いに赴き、完膚なきまでに外国に叩きのめされるってことはありそうです。
言っておきますが、中国は核保有国ですから。
本気にさせたら、どんな目に遭うことやら(乾笑)
そうして、同盟国アメリカさんの出番となって、中国・ロシア・アメリカの核戦争、なーんて。
徹底的にやられた後に、日本の「奇跡の復興」 はあり得るのか?
ていうか、核戦争後の地球って想像も付かないほど荒れるだろうな。
「おまえはもう、死んでいる」
あちょー。ケンシロウの出番? (笑)
人間なんて、一皮剥けば醜いものだ。わたしは肉親を失って、つくづく思い知りましたよ。
事実、広島の土砂災害では、壊れた銀行のATMからお金を抜き取ったり、ひとの家に押し入ってモノを盗んだりした人もいますからね。
日本人が規律正しい? 誇り高い? どの口が言うかねえ。
海外の評価だって? どんな人が言ってるのかしらね。案外、政府からのチェーンメールだったりして。
信じられないことばかりされてきたから、わたしは額面通りに受け取れない。
素直に喜んで、言われたことに感謝して、というだけじゃ、わたしは物足りない。
だから、今日も、創作をしようと四苦八苦しているのさ。
でも、光るモノがないからいまだにだれも拾ってくれないんだよ。
売れるってだいじ。

posted by 岡野なおみ at 06:14| Comment(0) | 日記