2018年09月18日

夫の、ばかー!

うちでは無線LANを使ってます
うちの無線LANに使うNASという装置が、もう購入7年目に突入し、
いつ壊れても仕方がない状況になりました。
そこで夫は、新しいNASを購入。
データを移行しました。
ところが、その移行作業に失敗して、今まで書いていたわたしの創作や
日記などが、パーになってしまったのです!

必死で復旧
データの移行には、QSyncというソフトを使うのだそうです。ミラーリングできるソフト。
ミラーリングとは、元のデータのあるクライアント側と、保存先のサーバー先とが同じようにデータ保存できる仕組みのこと。
うっかりデータを消す、とやらかして、元データまで消してしまったからさあ大変。
3万字書いていたエッセイも、12枚程度書いていた小説も、すっかり消えてしまってわたしは真っ青。
「ごめんよ。でも、わざとじゃない。まさか消えるとは思ってなかったんだ」
と夫はいうけど、データはバックアップしてから移行しましょー。

でも、今後はそういうへまなことにはならないらしい
更新をかけるごとにバックアップが効く、と夫は言ってます。
わたしはちょっと疑問です。
あれこれ、不都合なことが起こっているので……。
コンピュータに頼りすぎるのも考え物。
かといって、資料を置くスペースがないのも現状。
こまったものです。

posted by 岡野なおみ at 07:52| Comment(0) | 日記

2018年09月14日

胸がぐっとくるね

2018/08/31、ほぼ日アプリをタブレットにDLしました。
まえから糸井重里には関心があったのですが、ジブリ大博覧会で
映画のコピーに彼の案が採用されていたという展示を見て、
HPはどんなだろう?
と興味をそそられました。で、無料アプリをダウンロード。
そのアプリでHP抽出版を、ちょくちょく見てます。

ほぼ日のコンテンツで印象に残ったもの
ほぼ日アプリで、過去ログのコンテンツを見つけました。
タイトルは…… わすれた(こら)。
たしか、聖路加病院の院長さんと、糸井重里の対談だった記憶がある。
院長さんは、まだ若い頃に、よど号ハイジャック事件に巻き込まれちゃって、
そのとき ハイジャッカーの左翼過激派から渡された、
『カラマーゾフの兄弟』 を読んで、人生観が変わったと言います。
『カラマーゾフの兄弟』 には、聖書の一節が引用されています。
「ひとつぶの麦は死ななければ、大きな実りをもたらさない」
という内容のモノです。
院長さんは、このまま無駄死にしたくない、と思うようになったらしい。

父の死について
鬱だったわたしの父は、妹にカネをむしり取られて、無抵抗のまま自殺しました。
クリスチャンなんだから、聖書の一節ぐらいは知っているはずですが、
自分の死によって、残された人々の実りを大きくしたかったのでしょうか。
どうもそうは思えないのだが……(汗)
だってわたしはちっとも人に役に立つようなこと、やってないもんね。
院長さんみたいに、ボランティアで色んな人を助けるわけでもないし。
(わたしのやってるパソコンボランティアは限界がある。
生徒がスキルを身につけたらそれっきりだからね)
院長さんみたいに人を癒やしたり、支えたり、慰めたりなんてやってないから。
このまま父の死は、無駄に終わるのだろうか。
胸がぐっとくるくらい、苦しくなる記事でした。

けっきょく、わたしもエゴイストなんだと思った。
だから、人の役に立つようなことが、できないんだね。
家族のためになにかするっていうのは、当たり前のことです。
当たり前で大事だけど、それだけだったら、「大きな実り」 とは言えない。
わたしは死んだ後に実りをもたらさないで終わるのかもしれない。
子どももいないし、わたしを記憶してくれる人もいないだろう。
営まれていく生活の中に埋没して、冒険もせずに終わっちゃう。
若くないからしかたないと、自分の中に言い聞かせて。
努力が足りないって、よく母に叱られていたっけ。
もがくのが いやになったら 逃げることも出来る。だって、わたしは生活が保障されているんだから。
でも、世の中に、ひとつは 波紋を投げてみたい。
無駄な努力でも、しない人よりはチャンスがあるだろう。

というわけで、今日もわたしは、日記を書いています。
お話を書くより、エッセイの方がラクに書けるけど、それじゃダメだってことはわかってる。
自分にしか出来ないことを見つけなきゃ。
父の死を無駄にしないためにも。
一流の人は、軽々と自分のオリジナリティを見つけてるけど、わたしはそこまで賢くないようです。
がんばろ。

posted by 岡野なおみ at 08:26| Comment(0) | 日記

2018年09月13日

NHKの講義、前期で終了

NHK文化センターの文章講義は、9月6日までが前期の授業。
毎月第1木曜日に、往路1時間かかる中心地に出るのがたいへんですし、
授業もびみょーなので、これ以上つきあいきれない、と思いましたね。
べつに責めるつもりはありませんが、
授業のために使う資料を忘れるってのは、こりゃ致命的じゃなかろうか。
これでお金を取るのかとびっくり、でした。

とはいえ色んな経験が聞けたのは勉強になりました。
わたしよりもずっと年上の人たちが、細かい観察力をもとにして、たとえば
枝豆の茹でかたやそのおいしさといったことを、微に入り細に入り描写します。
または、姑さんの自己主張の色(白)は、テッポウユリのようだ、という喩えが秀逸のエッセイも
ありました。
わたしには、あそこまで書けないからなー。普段の訓練が足りてないのかなー。
ていうか、観察する能力がないのかもなー。(作家としては致命的)

2018/08/30の授業は、振替授業でした
8月2日にあるはずだった授業が、先生の都合で急に休講になって、30日に振替授業。
その授業では、ことしが 雑誌『赤い鳥』の創刊100年ということで、いろんな企画が始まっているということや、
『赤い鳥』 の編集者 鈴木三重吉の略歴の紹介、
三浦せんせが顧問監修した 『赤い鳥辞典』 の話など、
鈴木三重吉の話が中心になって、ひとしきり話されていました。
夏目漱石に、鈴木三重吉が与えた影響の話も出ましたね。
レベルの高い人どうしのフィードバック効果って、すごいですよね。
でも、鈴木三重吉は、知らない人が多い。忘れ去られるタイプの童話作家かもしれません……。

わたしの書いた童話
満月、夏の花、季節感などをテーマにして、創作をしなさい、というお題が出たので、
30日に 「きつねとお月さま」 というタイトルの童話を書いて提出しました。
制限時間は30分。自宅から童話を印字したモノを見ながら、原稿用紙4枚書きました。
ときどき、字を間違えて書き直したりしてました。
でも、完成させることが出来ました。
「この童話、いま思いついたの?」 と、驚いた顔の先生。
「いや、まえ書いたのを持ってきた。ヤマを張ってた」 と、わたし。
タイトルを見て、「面白そうだ」 ワクワクしてる三浦せんせ。ですが周囲は書き切れなくて、
「全部書けませんでした」 という人もいました。
まえもって 用意しておくことは、だいじですね。

文章を上達させるためには
その次の回、前期最終回。
今回は、書き方の練習法について、話がありました。
1日500文字、最低でも書かなきゃダメなんだそうです。日記は不可。
そういえばこの 『日々の事柄』 は、最低500文字以上書いていますね。
今後も続けるといいかもね。書き慣れるから。(小説は書けないかもですが)
あと、古典などを読み倒すといい、という、How-to本にもある話が話されていました。
古典で本のなかの本 『聖書』 は、小さい頃から読んでますので、それで充分だと思われますが。
三浦せんせは、夏目漱石がお勧めらしい。
わたしにとって懸案の、構成を練習するには「型を覚える」 といいそうです(起承転結とかね)。
型を覚えるって言われてもねえ……どんな型があるって言うんでしょうね。
最近の小説は、型なんてないからなー。(芥川賞とか見てるとブルーになる)
でも、最近のライノベは、なんだかどうも似たようなのばっかりで、80年代の頃の 百花繚乱ぶりが懐かしい(汗)
そういう意味じゃ、型を覚えやすいんだろうけど。
なにか、違うんだよな……。物足りないんだよねー。
まあ、まずは同じような話でも、書いてみるのもひとつの手ではあるのだが。
カクヨムの『タイトル斬り』、自分だけの練習台にしてみようかな。

体験していくことの意味
文章を書くこと、芸術に関わることは、人生を豊かにするという任務があると
夏目漱石は言ったそうです。
文章を書くためには、いろんな体験を通して、いろんな感情を経験して、味わっていって、
そんな自分を表現していくことが必要なようです。
たいへんなことでも、過ぎてしまえばかけがえのない貴重な時間。
それを残して行くことで、自分の人生を豊かにしたい。
あわよくば、読者の人生を変えてしまうような娯楽小説が、書けたらいいな。
わたしは時々、ぼうっと考えてます。
自分の体験には、どんな意味があるのだろう……。
どうってことのない、なんてことのない日々が過ぎていく。
意味がない人生かもしれないけど、それでもわたしは歩いてる。
つよく、生きることを目標に、わたしは書く。

posted by 岡野なおみ at 07:54| Comment(0) | 日記