2018年12月11日

迷い道くねくね

うちの町内会のHPを作るぞ、と顧問が言い出して約10ヶ月。
粘り強い彼の説得に負けて、結局作っちゃいました。
管理者は、わたしです。
11月22日から、休日も休まず、
最低1000文字以上1,300文字以下、
ブログを書いています。
NHK文化センターの、三浦先生の助言によると、
「毎日 500字程度書きましょう。
日記はダメよ。推敲も忘れずにね!」
ということなので、主として近所の出来事や、
自分の出来事を中心に、エッセイ形式で書いています。

自分の日々の事柄(この日記)もあるので、
かなりの負担になりますが、
毎日更新しなくちゃ、HPを作った意味がない。
さっそく、ネタも枯れてきてます(笑)
近所の畑やらコンビニやら保育所やら、
鳥や公園の話、しても続かないよねえ。

なので、公民館の機関誌とか、
無料で配られる新聞のネタ、
ラジオ放送のネタなどを、
自分なりに咀嚼して、書くことにしています。
こないだは、ラジオで放送された、カープの新井選手のインタビューの話を、
自分なりの視点で書いてみました。
ラジオ放送をそのまま書くと、著作権に触れるでしょうが、
翻案すれば、だいじょうぶなのだと
どこかで聞いた気がする(あまり自信はないが)。
新聞を解説する番組が民放にあります。
ああいうのも、翻案してみたら、それなりに町内会のHPらしくなるかもしれない。

問題は、この日々の事柄だよなー。
わたしのやってることは、『まんぷく』の萬平さんみたいなもんで、
ダネイホンを当てずっぽうに売りまくってるから、
結果がなかなか出てないんだよ。
ひとの役に立たない日記を書いてて、意味あるのかねえ。
ていうか、文章って結局、そこらへんの石を持ってきて磨いて磨いて
ダイヤモンドですと売るようなところがある。
後ろ暗いから熱意が出てこない。
醒めてるから、文章に魅力がない。
結果、フォロワーが減る。
……でも、文章を書きたい自分がいる。

突き抜けるのは、なかなか難しい。
詐欺師と言われたこともあるから。
早く一人前になって、がっぽり儲けて、
そういう輩を見返してやりたいもんだよ。
「だってみんなは、おたがいにだましあって生きてるんだし!」
人のことばをその通りに受け取ったら、ロボットと変わらないじゃん。
詐欺師おおいに結構。
創作上では、もっと大きなウソを吐きたいもんです。
自分のやりたいことに、徹底的にこだわってみよう。できるかな。

posted by 岡野なおみ at 06:52| Comment(0) | 日記

2018年12月10日

アイドル映画感想

廿日市で、2018/11/28、アイドル映画を3本、立て続けに見てきました。
1本500円と安かったんですよねー。それに廿日市だから近いし。
タイトルは、
『ぼくらの七日間戦争』
『時をかける少女』
『野菊の墓』
の、3本でした。
順を追って、簡単に感想を。

『ぼくらの七日間戦争』には、賀来千香子と宮沢りえが出てました。
宮沢りえ、初々しい。でもストーリー展開は、はちゃめちゃでドタバタです。
突然、戦車が出てくるあたりが、荒唐無稽でした。
それを言うなら、そもそも、厳しい校則に反撥する中学生たちが、
こんなに有能なわけがないという気もするが。
機動隊あいてに、ここまで出来るって、それだけで将来有望だ。
最後まで、主人公の名前がわかりませんでした。

『時をかける少女』は、有名ですね。原田知世が出てました。
髪型が似合わない。野暮ったい、かわいくない。
最後の、大人になった芳村さんのおかっぱのほうが似合ってる、と
義母が言うとりました。
冒頭が白黒だったり、芳村さんが下駄を履いてたり、
コマ落としがあったり、演出が面白かった。
ストーリー展開は、原作と変えてる部分が多いです。
義母は、ついていけなかったもようです。

『野菊の墓』 松田聖子主演。
義母の見たのは、有田紀子版だったもよう。
義母によると、主人公の民子は、原作では流産したのではなく、
産後の肥立ちがよくなかった。
政夫がお輿入れする民子のあとを追いかけてくるのではなく、
学校から帰ったら民子が死んでいた。
民子がお輿入れするのを女中が政夫に言いつけに行くシーンはナシ。
この、言いつけに来る女中さんは樹木希林だけど、
この演技は、悠木 千帆だったころの演技では? と義母はいっています。
最後のクレジットを見なかったからわかんない。
樹木希林、すごい存在感だった。
それを言うなら、丹波哲郎も存在感あったけど。
松田聖子は、整形手術するまえだったので、
目は一重のままでした。

ストーリーには触れません。ネタバレ、いやでしょ?
でも、わたしとしては、やはり 『時をかける少女』 が
いちばん泣けました。(青春時代とかさなるんだよー)

ちなみに 『時をかける少女』での弓道のエクストラは、
広島県立三原市立弓道部のみなさん、だそうです。
大林先生って、広島が好きだねー。
てなわけで、またね。

posted by 岡野なおみ at 07:26| Comment(0) | 日記

2018年12月07日

すっかり冬ですね!

すっかり冬ですね!
今年の酷暑がウソのように、毎日ふるえあがっています。
近所にある畑も、すっかり冬です。

畑にあるイチジクの枯れた木と、青い植物が好対照です。
あまり植物に精しくないので、
この青い植物の名前が何か、
知らなかったりします。

近所の人と話すときは、「寒くなりましたね」が合い言葉。
風邪を引いて通院したら、
「最近、患者さんが多いんですよ。
やはり急激に気温が低くなったせいでしょうね」
という話が出ました。
ラジオのリスナーのお便りでは、
「晴れてほしい、広島菜を干すのに日が照っていないとこまる」
といった内容のメールが放送されていました。
漬け物で有名な広島菜って、日干しにするんですね!
知らなかった……。
ご近所の畑では、どんな作物が育っているのでしょうか。
イチジクや広島菜ぐらいならわかります。
この畑にも、イチジクが生えています。

日本には季節があります。
衣替えがあったり、こたつを出したり入れたり、夏には扇風機やエアコンにありがたさを感じたりしていました。
冬は、植物が枯れたり、水鳥たちもさみしそうで、気分的にもブルーもになります。
時間がどんどん、短く感じるようになっているのは、糸井重里によると、
「すべてがコンピュータ処理されているために、スピード処理が当たり前になっている。「遅いぞ、わたし!」と思っちゃうのはあたりまえ」
ということなのですが、

年を取って、やることなすこと、のろのろしちゃうのはしかたないこと。
コンピュータは、速い処理能力が得意です。
しかし、国語など、文脈や空気を読むことが出来ないのです、いまのところ。
速さだけがだいじじゃない。
季節にも、それなりのスピードがある。
なかなか春が来ない、とコンピュータ化された感覚で季節を感じてもしかたないこと。
いまのところ、ムリヤリ、自然を組み伏せるコトはできません。
気象コントロール装置なんてのができたなら、
きっと核兵器より怖いことになるでしょう。

子どもの成長も、自然とおなじです。
スマホや家電に話しかけるように、すぐに反応してくれるのは、子どものすることではありません。
それぞれ、悩みや歓びがある。
最近では、AIの先生が、学生の勉強について、助言をすることがあるそうですが、
でも、AIには、子どもや親の悩みや苦しみは、解決できません。
「遅いぞ、わたし!」
と思う前に、
「育っていく自分を楽しむ」、というのも大切かもしれません。

早く育つ木は、早く腐ると言います。
コンピュータの検索エンジンでAIが使われる。
株式投資に、AIが使われる。
どんどん、社会のスピードが速くなります。
ふと、コンピュータに頼りすぎる危うさを感じるのは、わたしだけではないでしょう。
もう師走、忙しいのは分かりますが、少し立ち止まってみませんか。

posted by 岡野なおみ at 06:27| Comment(0) | 日記

2018年12月06日

今もコスモスがさいている!

メキシコ、というとコスモス。

名前は、ギリシャ語の「コスモス(秩序・調和・美しい)」から由来しており、
原産地はメキシコで、日本には明治時代に渡来したと言われています。
  ちなみにコスモスとは、英語では「宇宙」を意味する場合もあります。
わたしが高校生の頃には、アメリカの物理学者、カール・セーガンが主演していた、
「コスモス」(宇宙)
という番組が放送されていました。
そのなかで、アインシュタインの相対性理論の説明があって、
わかったような、わからないような、ふしぎな気持ちになりました。

時間は、重力と関係があって、ブラックホールはどんなものでも吸い込んでしまって……。
遠い宇宙のふしぎと、いま、この瞬間にも宇宙が膨らんでいるということへの驚き。
コスモスを見ていると、そんなことを思い出します。

2018/11/27、NASAの探査機が、火星に到着したそうです。
赤い砂漠に、ところどころ石が転がっている画像を、ニュースで見ました。
火星もまた、宇宙の一つの惑星。
膨張していく宇宙ののなかで、いつものように周回しています。
地球もまた、巨大な宇宙のなかでは、平凡な惑星のひとつに過ぎない。
そんな地球の、小さな島国の、そのまた小さな一地方で、
コスモスが咲いています。

日本では、秋の花の代表です。
山口百恵が、結婚していく女性の心情を、この花に託して歌った歌があります。
俳句でも、コスモスを題材にした句がいろいろあります。
そのうちの一つが、こちら。

    ひとりでに家壊れつつあきざくら 坂戸淳夫

コスモスの生えている土手を進んでいくと、壊れつつあるアパートもあります。
ひとりでに壊れているわけじゃないようですが、
荒涼とした風景が広がっていて、そこだけ空気がよどんでいます。
枯れたつたが絡まり、いまにも倒れそうなアパート。
まえには勝利の女神、ニケ像もあって、それなりに潤いがありましたが、
撤去されてしまいました。
だれも住んでいないのでしょうか。
幽霊アパートなのでしょうか。
大きな宇宙から見たら、ちいさな家がひとつこわれたくらい、どうってことないのだな、というふうに解釈できる句かもしれません。

コスモスは、何も知らずにただ可憐に咲いています。
秩序や調和、美を象徴するコスモス。
育てているのは、高校生のみなさん、だそうです。
薄桃色で、花弁がはっきりしていて、匂いがあまりないコスモス。
花言葉が「美しさ」なのは、可憐でありながら、こんなにハッキリと自己主張しているからでしょう。
  ヤマトナデシコと、ちょっと似てるかも。

コスモスの花が枯れる頃には、年が明けます。
来年もまた、コスモスの花を見れるでしょうか。
鬼が笑うかもしれませんね! クワバラクワバラ……。

posted by 岡野なおみ at 07:14| Comment(0) | 日記

2018年12月05日

がんで死ぬのが理想?!

ガンで死ぬのが理想だって人がいます。
自分で死期がわかるから、それに向けて準備が出来る。
ふつうは、ガンは痛いし治療も大変だから、
とんでもないって気もしますが、
いろんなひとがいるものです。

パソコンボランティアで、腎臓病に倒れた人の話をしていました。
人工透析をする際のことを、顧問が身振り手振りをまじえて
説明します。
右腕を伸ばし、左人差し指でその腕を刺しながら、
「注射のあとが、痛々しい」
と、震え上がったりします。

そこまでして、生きたいだろうか?
という話題で盛り上がりました。
チューブにつながれ、ただ息をしているだけ。
アムステルダムでは、安楽死を認めているそうです。
その一方で、もし、だれかが安楽死したいと言い出したら、
ケアマネージャが飛んできて、
「どうしたんですか!」
「死なないでください!」
と説得、その結果、思いとどまる人もいるらしい。

日本では、安楽死は認められていません。
だから、患者がどれほどつらそうでも、
生ける屍として、生き延びなければなりません。

家族の中には、
「この治療の間に医療が進んで、病気が治るかもしれない」
という望みを抱く人もいます。
鼻から流動食をいれられ、床ずれになって苦しむ肉親を見ながら、
医療の前進を信じるさまは、
溺れる者は藁をもつかむ、ということわざがピッタリかもしれない。
  衰弱しきって患者は死んでいきます。
看病と世話でつかれた家族は、ほっとひといきつくのでした。
生きていて欲しかったけど、
ピンピンころりで死んで欲しかった、というのがホンネかもしれません。

傷つき、つかれはてた家族を精神的に支えてくれる人が、
現代では、ほとんどおりません。
一昔前には、お坊さんが、極楽の話をしてくれたり、
家族の愚痴を聞いてくれたりしていた、というネット情報もありました。
しかし現代では、宗教というとコワイ、というイメージが先行したり、
医療現場とソリが合わなかったり、
そもそも、死に瀕しているひとのまえで、極楽の話なんて縁起でもない、
という認識があるようです。

人工透析で、週に3回、通院している人にとって、
1日がかりのこの作業が、「生きている」ということにつながるわけですが、
災害や事故などで人工透析が出来なくなるとき、
「自分は役に立っていない」 絶望することもあるでしょう。
そして、進まない医療に、じれったさを感じることでしょう。

年賀状の季節になりました。
だれかの役に立つから、生きる価値があるのではない。
そんなことを言ったら、だれも生きる価値がなくなります。
人の役に立つ、立たない以前に、
生きているだけで、価値があるのです。
年賀状の作り方は、うちの会で教えています。
あなたも、参加しませんか。

posted by 岡野なおみ at 08:25| Comment(0) | 日記