2018年01月30日

愛嬌のある文章を

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☆わたしのエッセイ日記には愛嬌がないそうで
毎日読んでくれている夫から、日記の感想が来ました。
「きみ、外見に責任を持たなきゃダメじゃないか」
なにが言いたいのかというと、エッセイ日記に
愛嬌がないので、読むのがつまらないらしい。
外見に愛嬌があるんだから、その責任を取って、
ちゃんとユーモアのある話を書けという。
それはちょーっとハードル高めです。
だって、書いているわたしの 『ストーリー作成魂』 は
シリアスモードまっしぐらでありまして、愛嬌は全くありませぬ。
外見で人を決めるな。

☆ギリギリ締め上げても
自分をギリギリ締め上げても、読んでくれなきゃ意味がないんだから、
ひとに合わせてもうちょっとユーモアをいれたらいいんでしょうねえ。
愛嬌のある文章って難しいなあ。
だって、愛嬌のある文章を、あまり読んでないから(汗)
いままで読んだ作品で、いちばん笑えたのは、『吾輩は猫である』 だけど、あのマネをすると文章がもったいぶってしまって、イマドキじゃないんですよね。
会話なら、愛嬌はあふれています。
ていうか、ほとんどそれしかない(汗)
ふつうに話してたら、おばーさんたちからウケるんですけどね。
20日に通院した話は、まえにちらっと書きましたが、
そのとき、2人のおばーさんに話しかけられました。
1人目は、姪御さんからプレゼントされたガラケーが自慢で、
「メールしたいんだけど、やり方がわからなくて……。
話が通じればいいよね? やる必要、ないよね?
でもメールしたい……」
立て板に水の勢いで自分のことをしゃべるのでありました。
もう1人は、「この病院、混んでますねえ。いつになったら回ってくるのかしら」
というので、「どこがお悪いんですか」 と聞くと、肩と足の裏が痛いらしい。
こっちの話をしようとしたら、ドクターに呼ばれてしまって話が宙ぶらりんでした。
通行人から話しかけられたり、わたしはよほど、愛嬌のある顔をしているんだろうな。
中身はまったくそんなことないんだが……。

☆というわけで、来月は誕生日です
52で亡くなった実母より、1歳ほど年を取る来月。
もうちょっと楽しい話を書こうかな。
毎日、同じような日々なので、楽しい話と言っても本の感想とか、
雑談ネタとか、テレビやラジオのネタだとか、夫や義母との会話とか、
こんなの人が読んで面白いのかなと思うようなのしかないけど……。
毎日、ただ書くだけだったら誰でもできるかもしれないね。
来月から、ユーモアをいれてみます。どこまでできるか! こうご期待。

posted by 岡野なおみ at 07:25| Comment(0) | 日記

2018年01月29日

越路吹雪物語

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☆昼ドラ 『越路吹雪物語』 見てます
去年9月〜12月にやっていた、『トットちゃん!』 が面白かったので、
その関連で 昼ドラの『越路吹雪物語』 を見ているんです。
越路吹雪、ご存じ?
かつての大スターで、日本を代表するシャンソン歌手でした。
若い人は、知らないかもね。

☆合唱サークルのひとびとの反応
合唱サークルは、70代の人が多いので、
『越路吹雪物語』 を熱心に見ています。
「あまりファンじゃないの」
というひともいますが、「レコードを何枚も持ってる」という人もいますし、
「玉三郎が越路吹雪の持ち歌を歌うコンサートに行くの」
という人もいます。
「カラオケでは、必ずこの歌を歌ってるよ。他の人の歌は一切聴かない」
というアリガチな人もいます。

☆マネージャーの岩谷時子
岩谷時子は、加山雄三の 『君といつまでも』 や
ザ・ピーナッツの 『恋のバカンス』 などの歌詞を作ってましたが、
同時に 越路吹雪のマネージャーをやっていたようです。
ちなみに、越路吹雪の持ち歌の、『サン・トワ・マミー』の訳詞も
岩谷時子が行ったのでした。
わかりやすくて情熱的で、ちょっとエロいところが岩谷時子らしい。
でも、訳詞は 原詞とはまったく違っていて、
批判もあるようですね (ウィキをご覧ください)。

☆幼い頃の越路吹雪役の子
小学生の頃の越路吹雪役の子が、演技も歌もうまくてねえ。
宝塚時代の越路吹雪役の子は、それほどかわいくないし、歌も聴かせるほどでもないので
ちょっとがっかり。
ただ、日舞の先生が、篠井英介なんですよ。わたしは彼は演技派のひとだと思っているので、
かれに対してうまく演技しているあの子は、それなりに実力があるのでしょうねえ。
宝塚という特殊な場所で行われるさまざまな悲喜こもごもや、
そこから飛び出して、一流の歌手になっていく過程など、
これから見所がいっぱいあるようです。
若いときの岩谷時子役の子が、
猫のような秘書のような、ふしぎな空気でした。

  ☆構成のたくみさ
前回の 『トットちゃん!』は、黒柳徹子の突拍子のないところが魅力でした。学習障害的な部分のあった彼女が、個性を生かした職業に就き、恋をしてその恋を失う話がよかったです。義母は、とくにトモエ学園のころのトットちゃんが気に入っていたようでした。
今回の『越路吹雪物語』は、宝塚にはあまり関心はないわたしたちでも、厳しそうなところだなと想像させます。そこからどうやって越路吹雪が一流になっていくのか、興味津々。
話の組み立て方もなかなかです。
でもたった15分程度だから、みんな『短すぎる』と不満を言っていました。
ドラマは、カネがかかるから、仕方ないかもね。

posted by 岡野なおみ at 06:06| Comment(0) | 日記

2018年01月26日

いのちとでんち

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☆いのちとでんち
子どもが家電量販店で、小さな電池が欲しいと言いました。
「カブトムシが死んだから、電池を入れ替えて」
AIBOのような犬が出てくると、笑い話では済まされない。
ロボット犬が本物そっくりになればなるほど、電池さえ入れ替えれば復活すると思い込む子どもが増えそう。
いずれロボット犬も、摩耗・老朽化してしまうのにね。
命の価値や生きていることの意味とか、考えなくて済むようになる時代。
新しい時代。

AIが出てきて、「わたしの代わりはいくらでもいます」という時代に、
「あなたはあなたの、そのままでいい。あなたが必要なのです」
と言ってくれる人が、親や恋人以外でどれだけいるんだろうか。

☆いろんな本を読んで……
ライノベばかり読んでいた数年間、さほど気にならなかったことが、
最近では気になって仕方ないんです。
つまり、このまま使い捨ての作品を読んでいて、わたしはなにをしたいんだろう、
ということ。

☆流れに任せるのが普通の魚なら、
流れに逆らうのはイノベーターだと言った人もいます。
最初は流れに逆らうはずのライノベが、時間つぶしの娯楽小説になり、
堕落したように感じてしまうわたしは、成長したのか、はたまたライノベが変わったのか。
ライノベ作家から直木賞が出てるって話も聞いたけど……。
その人、いま、どうしてるんだろう。

いままでと違う価値観が、必要になってくる。
約三千年前にはお釈迦様だって、必死になって考えたという。
わたしはそこまで必死になれないし、一流でもない。
ストレスが原因で病気になるぐらいだから、そこまで手が届くとも思えない。
  イノベーターというのは、責任もかなり重いといいます。
光を当てれば、影ができるというもの。
電池でなにかを動かす、ということが行われて以来、子どもに命の重さを教えてこなかった。深く考えなかったわけですよね……。
それにしても……。
モノが電池で動くなら、ヒトはなにで動くんでしょうねえ……。
最近、NHKの『人体』を見る機会がありましたが、それによると、人体は心臓や脳といった個々の臓器で動くのではなく、全体で動いていると言うことなのでした。
欧米が考えていた、「人体は魂の容れ物で身体は代用がきく」という、半分以上キリスト教的感覚は、この事実で打ち砕かれたわけですよね……。
単純に、『魂』と言われても、電池みたいに見えるわけじゃないから。
取り替えのきかない人間の命が、ロボットのように取り替えがきくなんて、思いたくないね!

  ☆新しい時代の普遍的なもの
グローバル時代はキリスト教と関係があるそうです。
永遠に変わらない価値観はない。
宗教だったら別だけどね!
人間の本質について語ったひとびとは、それほど古びないかもしれない。
技術的な問題はさておき、本質とか、コアになるところは、譲れないものがわたしにはあるような気がする。
  だからこそ、作品を世に送り出すのは、昔ほどの勇気はなくなってきちゃったよ。
昔はがむしゃらだったけど、いまはわりと冷静だもん。

そう考えてみると、どんな作品も、自分自身への挑戦だということになる。
書くことって、すごく、やりがいがある芸術活動だ。
―――だれだ、そこで商品にならねー活動だね? と突っ込んでるのは!

posted by 岡野なおみ at 07:12| Comment(0) | 日記

2018年01月25日

合唱サークル、またもイベント!

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☆イベントがまたあります
以前、合唱サークルが6月にイベントをする、という話をしました。
突然ですが、3月にもイベントがあるそうです。
イベントの名前は、「ゆうゆうかれっじ」。
それはシニアに向けたいろんなサークルの発表会、みたいなもの。
全体で1時間半の開催予定。

☆うちのサークルの持ち歌
ゆうゆうかれっじでは、どうやら30分程度、持ち時間があるそうです。
なので、4曲以上、リクエスト曲を歌う、という話でした。
具体的には、
ふるさと
叱られて
ドレミの歌
この道
浜辺の歌……

要するに、懐メロ系です。
歌詞カードを配るらしいんですが、著作権的に大丈夫なんでしょうか。いちおう、使用料を払っているのでしょうけれど。

☆6月のイベントと同時進行

6月のイベント、『ちゃお・ちゃーお!』も控えているのですから、3月のイベントは遠慮すればいいものを、と毎回あきれてるんです。ほんっと、イベント好きですねえ。まあ、わたしも、発表する場があるのはいいと思いますよ……。
でも、6月のぶんと一緒にやるから、覚えるレパートリーがいっぱいなんです! 頭こんらんしそう……

☆会場は公民館
どうやら3月15日、木曜日午後1時半から、公民館でイベントがあるようです。
木曜日と言えば、ヨガの日。
この日はヨガができないなー。
今月は、二回もヨガを休んじゃったからなー(夫が胃痛で看病したのと、自分も胃痛になったのと両方)。
しかも、3月は、合唱サークルの日である金曜日はお休みにならない。
いろいろ、気をもんだりするのです。
  公民館の会場も狭いし、人が来たらぎゅうぎゅうづめになるでしょうね。
公民館の会場でも、体育館になってる場所があるのですが、そこは寒くてシニアにはきついだろう、ということでした。
わたしは寒くても、まだ平気ですよ! (結局イベントに参加したい?)

☆30分も持たせられるのか
歌うのはいいんですがね、単調な懐メロを30分も聴かされて、シニアの人たちもご苦労さまなことです。
指導の湯山先生は自信たっぷりです。
わたしらは、ただ、歌ってます。
「そんな歌い方したら、みんな飽きられるよ!」
先生が叱りつけます。
30分も聞いてたら、最後の方なんて聞いてないでしょう。
みんな、寝ちゃってるんじゃないの?
ま、いいけど。

posted by 岡野なおみ at 06:42| Comment(0) | 日記

2018年01月24日

お話を作るのは、難しい

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☆『できそこないの殺人事件 耀狐編』 校了したんですが……
『耀狐編』 を校了したんですが、話の色合いが一定ではなく、
ときに猟奇的な犯罪を思わせ、
ときにハートフルなラブストーリー、
ときにユーモアな小説というぐあいに、
何がしたいのかさっぱりわからない小説になってるのでした。
欲張り過ぎちゃったね。

☆『荒神』 の手腕
再読している 宮部みゆきの 『荒神』 には、宮部みゆきオリジナル化物が出てきます。
目がなくて、身体がガマのようで、蛇のように鱗があって、尾っぽは二つに分かれている。
そいつに呑まれかけ、重傷を負った村の少年簑吉が逃げ込んだのが、敵対する隣の藩の村で、
やさしい朱音という女性(敵対する隣の藩、永津野の重要人物)に助けられるんです。
そのさい、簑吉の取った行動が滑稽で、緩急のつけかたを学んだ気がしました。
でも、それも、長編小説で、しかもその行動に意味があったからそれでよかったんですが、
へたにまねすると、失敗作になりますね。
とくに、猟奇的な犯罪とハートフルなラブストーリーは、まったくベクトルが違います。
このあたりは、青春コメディに猟奇的な犯罪も絡ませて、ファンタジーテイストまで入っている、赤川次郎の『吸血鬼はお年頃』シリーズに学ぶことが多い気がしました。
そうか、相反するテイストは、うまく料理しないと、
反感を買うんだと改めて実感。
わたしには、まだまだ、そこまでの腕はなさそうです。
でも、いつかは、挑戦したいですねえ。
ありふれた小説って、いやなんです。

☆お話を作ること・人を惹きつけるもの
わたしの作品には人を惹きつけるものがないので、
辛い点を付けられることが多いのですよね。
ときどき、ぐったりしてしまいます。
新しいことに挑戦するのは、もうちょっと実力を付けてからかな。
もっと量を書かねばと気を取り直しました。
一流への道は、まだまだ遠い……。
自分が納得してるからって、人を納得させられるとは限らない。
そういえば、黒柳徹子さんも、さんざん、ひとから否定されてきたのでした。
打たれ強そうな彼女ですが、「変だ」 「個性を引っ込めて」と言われてきたのですよね。
徹子さんに言わせれば、自分の個性がどこにあるのかわからないのに、
時代が変わったからって、なんでも個性に押し込めるのってどうだろうと疑問はあるようです。
一流であることとか、
一流であり続けることとか、
徹子さんを見てると、苦労をしながらも明るく、前向きに取り組んできて、差別や偏見を持たないように心がけている姿には、胸を打たれる気がします。
それは、一流の娯楽作品にも言えることだと思うのであった。

☆要するに、なにが言いたいかっていうと、
自分で考えたことはやりやすいけど、人に合わせるのは難しいってことです。
このあたりは、黒柳徹子さんと感覚が似てるかも。
人の納得いく作品を書けないのは、自己批判ができてないからだ。
徹子さんほど、自分を客観的に見れないんだよね。
だれだって自分が一番、かわいいものね。
それを表現して、「うまい」 と褒められたいってのは、だれだって感じる承認欲求。
わたしもなにか、すごいのを作ってみたいです!
そんなふうに、お話を作るのは難しいですが、やっている間は幸せです。
わたしはいま、充実しています。

posted by 岡野なおみ at 06:06| Comment(0) | 日記